11月に去ったレジェンド②〜ミシシッピ・ジョン・ハート/アート・テイタムほか

★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第301回〜MONOCHROME〜 (11月に亡くなった主なミュージシャン) ロック/ポップ:リンク・レイ、フレッド・スミス(MC5)、ミッチ・ミッチェル、レナード・コーエン、レオン・ラッセル、ジョージ・ハリソン、ダグ・サーム、フレディ・マーキュリー(クイーン)、マイケル・ハッチェンス(INXS)、マルコム・ヤング(AC/DC)、ケヴィン・ダヴロウ(クワイエット・ライオット)、デヴィッド・キャシディ カントリー/フォーク:ロイ・エイカフ ブルーズ/R&B/ソウル:ミシシッピ・ジョン・ハート、キャブ・キャロウェイ、ビッグ・ジョー・ターナー、アルバート・コリンズ、アラン・トゥーサン、O.V.ライト、ジュニア・パーカー、ヘヴィ・D ジャズ:アート・テイタム、カーメン・マクレエ、レニー・トリスターノ、アルバート・アイラー、チコ・ハミルトン、モーズ・アリソン その他:ポール・モーリア あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから ミシシッピ・ジョン・ハート『Avalon Blues: Complete 1928 Okeh Recordings』 伝説のデルタ・ブルーズマンによる1928年に行われた歴史的な録音全13曲。ブルーズ以外にもバラッドやスピリチュアル、フォークソングなどもレパートリーにしていた「ソングスター」と呼ばれる人だ。以来、録音には恵まれなかったが、1963年に研究家たちに“再発見”されて再び吹きこみを開始。70歳を過ぎてスポットライトを浴びること..

追悼・佐山雅弘~忌野清志郎の歌う「ヒム・フォー・ノーバディ」がレクイエムのように聴こえてくる

1910年代ヒットチャート&アーティスト総括

「TAP the CHART」第137回は、1910年代のヒットチャートを総括。 【1910s TOP 20 HITS】 *ランキングはJoel Whitburn監修『Pop Memories 1900-1940』をもとに作成。( )内はチャートピーク年。 ❶Casey Jones / Billy Murray & American Quartet(1910) ❷Just a Baby’s Prayer at Twilight (For Her Daddy Over There) / Henry Burr(1918) ❸Alexander’s Ragtime Band / Arthur Collins & Byron Harlan(1911) ❹Over There / American Quartet(1917) ❺By the Light of the Silv’ry Moon / Billy Murray & Haydn Quartet(1910) ❻Beautiful Ohio / Henry Burr(1919) ❼Till We Meet Again / Henry Burr & Albert Campbell(1919) ❽Moonlight Bay / American Quartet(1912) ❾Rock-A-Bye Your Baby with a Dixie Melody / Al Jolson(1918) ❿It’s a Long,Long Way to Tipperary / John McCormack(1915) ⓫Down ..

追悼・佐山雅弘~忌野清志郎の歌う「ヒム・フォー・ノーバディ」がレクイエムのように聴こえてくる

11月のナンバーワンアルバム⑧〜ローリング・ストーンズ/ヴァン・ヘイレンほか

★ダウンロード/ストリーミング時代の色彩別アルバムガイド 「TAP the COLOR」連載第300回〜GOLD〜 1990年代以降、ビルボードのアルバムチャートは売り上げに基づいた集計方法に変わった。さらにゼロ年代に入るとネット配信が普及してCDやアルバムが売れなくなった。その影響もあって現在のチャートはほぼ毎週のようにナンバーワンが入れ替わり、すぐにトップ10圏外へランクダウンしてしまう(その代わりに年に数枚だけビッグヒットが生まれる)。だが70〜80年代はナンバーワンになること自体が困難で、言い換えればそれらは「時代のサウンドトラック」として確かに機能していた。11月にはどんなアルバムがナンバーワンになったのだろう? あなたの好きな色は?〜TAP the COLORのバックナンバーはこちらから ローリング・ストーンズ『It’s Only Rock ‘n Roll』(1974) ストーンズ真の黄金期の始まりとも言える1968年の『Beggars Banquet』から続いていたジミー・ミラーをプロデュースから外し、ミックとキースの「グリマー・ツインズ」がプロデュースした最初の作品。また、ミック・テイラー在籍時の最後のアルバムとなった。ストーンズらしいR&Rに回帰したタイトル曲もいいが、本作(1週1位)の聴きどころは3つのスローバラード「Till The Next Goodbye」「Time Waits for No One」、そして痺れるソウルナンバー「If You Really Want to Be My Friend」だ。ストーンズを聴いてきて本当に良かったと思える瞬..

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少年時代のジェフ・ベックの心に焼き付いたレス・ポールのサウンド

2010年1月31日にロサンゼルスで開催された第52回グラミー賞。 “最優秀インストゥルメンタル・パフォーマンス”に選ばれたのは、ジェフ・ベックの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」だった。 日本では三大ギタリストの一人としても知られるジェフ・ベック。1986年に「エスケープ」で受賞して以来、これが通算5回目の受賞となった。 その授賞式でジェフは、アイルランドの女性シンガー、イメルダ・メイをボーカルに迎え、前年の8月に亡くなったレス・ポールに追悼の意を込めて、1951年のヒット曲「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」を披露している。 レス・ポールといえばその名を冠したギブソン社のギターが有名だが、レス・ポール自身もまた、ギタリストとして多くのアーティストから敬意を払われている。 そしてジェフにとっては、エレキギターの魅力を教えてくれた最初の存在なのだという。 1944年生まれのジェフ・ベックがはじめて「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」を聴いたのは6歳の頃だ。 当時ラジオ番組のテーマ曲として使われていたのを何度も耳にし、その度にジェフは母親に「ママ、またあの曲だよ」と興奮気味に話しかけた。 しかし、当時は新鮮だったエレクトリック・ギターの音色に対し、母親は「こんなのはトリックよ」と取るに足らない様子だったという。 「全然気にしなかったよ。僕にとって最高な音なのは間違いなかったからね」(2011年 ギター・ワールド誌のインタビューより) レス・ポールがギターを弾き、メリー・フォードが歌って大ヒットした「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」は、元々は1940年にミュージカルのために書かれたラブソングだ。 レス・ポール..

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マスカレード〜虚しい恋のゲームを仮面舞踏会に喩えたレオン・ラッセルの名曲

この歌はスワンプロックの創始者でエリック・クラプトンなどに多大な影響を与えた男レオン・ラッセルが1972年に発表したもの。 当時は自身の3rdアルバム『Carney』からのシングルカット「タイトロープ(Tight Rope)」のB面曲として収録されていた。 「マスカレード(This Masquerade)」というタイトルがつけられたこの曲の歌詞には、恋の終りのどうしようもない気持ちが“仮面舞踏会”に喩えられられながら綴られている。 こんなゲームを続けていて僕らは本当に幸せなんだろうか? 君に伝えたい言葉を探してみても 言葉は見つからず…何も分からず この仮面舞踏会から抜け出せない 結局のところ一緒にいても僕らの心は遠く離れていたんだ ただ二人とも本当のことを恐くて口にだせなかっただけ なんとか話し合おうとしたけれど… かえって言葉が僕らの邪魔をする この孤独なゲームの中で僕らは途方に暮れる 翌年、カーペンターズがカヴァーしたことによって広くられることとなる。 1976年にはジャズギタリストでボーカリストでもあるジョージ・ベンソンも取り上げ、グラミー賞を受賞するほどのヒットを記録する。 ヒットチャートを駆け上った耳馴染みのいい両者のカヴァーとは違って、レオン・ラッセルのオリジナルバージョンには個性的なアレンジが施されている。 1分20秒もあるシンセサイザー音の長いイントロを経て、なんとも言えない気怠い歌声が聴こえはじめ…聴き手に哀切だけではない恋愛の本質のようなものを投げかけてくるのだ。 仮面(mask)という言葉を調べると…そこには心理学者ユングが唱えたペルソナ(perso..

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